日本の寒地,北海道における2030年代の水稲生育への温暖化の影響予測 とその 対対(日语原文)

2022-09-27 06:09:42丹野
粮油食品科技 2022年5期
关键词:成苗精米北海道

丹野 久

(日本水稲品質 ・食味研究会,日本東京都中央区,104-0033)

キーワード:温暖化;2030年代;出穂期;玄米収量;不稔発生;米粒外観品質;食味関連形質;寒地

北海道は東北以南に比べ気象条件が冷涼なため,気象変動が与える水稲生育への影響が大きく,地球温暖化が水稲の生育に大きな影響を及ぼすと考えられる。すなわち,水稲の生育期間の気温上昇により移植可能日や出穂期は早まり,登熟期間である秋の気温も高くなることから,生育期間が長くなると考えられる。実際,これまで年次とともに,出穂期が早まり玄米収量が高くなっていることが認められる(図 1,図 2)。

図1 年次と出穂期との間の関係

図2 年次と玄米収量との間の関係

例えば,東北地域の青森県,秋田県および山形県は,北海道よりも気温が高く多収である[1]。今後,温暖化により北海道の気象が東北地域に近づき,さらに多収化することが考えられる。従来,北海道では4年に1度の冷害が発生すると言われており,北海道の作柄に大きな変動をもたらしてきた。とくに,穂ばらみ期冷害危険期の冷温は,不稔籾の発生を助長し障害型冷害を生じさせる[2]。しかし,近年では収量の安定化が見られ(図2),今後温暖化により冷害発生頻度が低下することが期待される。

一方,米の食味に大きく影響するアミロース含有率は登熟期間の気温が高いほど低くなる[3-4]。また,精米蛋白質含有率は,出穂後 40日間(以下,登熟期と記す)の日平均積算気温(以下,登熟気温と記す)が843 ℃,すなわち平均気温がほぼ21 ℃以上で高いほど高くなる[5]。今後の登熟気温の上昇は,食味に対してアミロース含有率ではプラス,精米蛋白質含有率ではマイナスに働く可能性がある。さらに,玄米の外観品質は,従来低温年に登熟不良による青未熟粒や腹白米の発生が問題となったが,むしろ高温年での白未熟粒の発生が懸念される[6]。

以上のように,温暖化により水稲の生育には大きな影響が生じることが考えられるが,その影響を明らかにした報告は乏しい。そこで,本試験では,水稲移植栽培での生育,玄米収量,穂ばらみ期冷害危険期の冷温による不稔発生リスク,食味関連形質および米粒外観品質における2010年代(2010—2019年平均)に比べた2030年代の変化を,既報[5,7-10]でのこれら形質と気象値との間の関係および 2030年の予測気象と直近の2010年代気象を用いて明らかにした。また,これら予測に対する技術的対応方向を示した。

1 方法

1.1 気象データ

2030年代の予測気象と比較する直近の過去の気象は,2010年代,すなわち 2010—2019年の平均を用いた。その理由は,以下の通りである。北海道の水稲栽培 17地域の平均により1980—2010年代の10年毎の平均値の推移を見ると,主な水稲圃場の生育期間で出穂前の栄養成長期に当たる5-7月および出穂以降の登熟期に当たる8-9月の日平均積算気温は,いずれも年代とともに上昇した(図3)。また,降水量は8-9月ではやや明確ではないが,5-7月では年代とともに多くなり(図4),日射量はいずれの期間とも増加した(図5)。水稲生育を扱った研究において平年の気象には,局地的や短期的に生じた変動の影響を小さくするため,過去30年を平均したアメダス平年値を多く用いている[11-13]。しかし,過去 30年間の長期のデータでは,明らかに変化している直近の気象を十分反映できないと考えられる。

図3 年代と5-7月,8-9月の日平均積算気温との間の関係(水稲栽培17地域平均)

図4 年代と5-7月,8-9月の降水量との間の関係(水稲栽培17地域平均)

図5 年代と5-7月,8-9月の1日当たり日射量との間の関係(水稲栽培17地域平均)

2030年代の気象データは,Yokozawa et al.(2003)[14]による「気候変化メッシュデータ日本(Mesh Climate Change Data of Japan)」全球気候モデルの中から,IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書や気象庁による地球温暖化情報第6号での将来予測に比較的近いCCSR/NIES(以下,CCSRと記す)およびCGCM1の2つのモデルで計算した予測値を用いた[11]。これら2030年代予測気象値を2010年代の気象値に比べると,日平均積算気温は5-7月および8-9月ともやや高く,降水量は5-7月で多いが8-9月ではやや少ない傾向に有り,日射量はとくに5-7月で少ない(図3~5)。また,2つの予測気象では,CGCM1はCCSRに比べ,5-7月および8-9月とも日平均積算気温が高く,降水量は8-9月で多く,日射量は両期間とも多い。

それら 2030年代予測気象における北海道水稲栽培地域での5-9月の日平均積算気温を,2010年代気象の東北北部の水稲栽培地域に比べると,北海道北部を除いた北海道中央部以南は,青森県でも比較的温暖な日本海側(黒石市)よりは低いが,太平洋側(十和田市)に近似する。また,北海道は 2030年代予測気象の同日平均積算気温でも,青森県の南に位置する秋田県や岩手県の 2010年代気象より明らかに低い(表1)。

表1 北海道の水稲栽培5地域および東北北部の水稲栽培5地域における2010年代(2010—2019年平均値)と2030年代予測気象(CCSRとCGCM1)の5-9月日平均積算気温

1.2 限界移植日,早限出穂期,晩限出穂期および出穂期の推定

(1)推定の対象地域は,北海道水稲優良品種地帯別作付指標[13]における地帯区分を考慮し,代表する17地域とした。後述の予測算出結果は,「項目 1.4 穂ばらみ期冷害危険期の不稔発生リスクの推定」を除いて,同17地域の平均で示した。なお,これら17地域は,北見市,名寄市(風連),士別市(士別),旭川市,中富良野町,小平町,雨竜町,深川市,岩見沢市,新篠津村,長沼町,恵庭市,厚真町,共和町,ニセコ町,北斗市および江差町である。

(2)限界移植日(移植早限),早限出穂期および晩限出穂期の推定は,北海道水稲優良品種地帯別作付指標に用いられている以下の方法で推定した(図6)。限界移植日は,移植以降5日間の日最高最低平均気温が,中苗マット(以下,中苗と記す)では12.0 ℃,成苗ポット(以下,成苗と記す)では11.5 ℃となる日である。早限出穂期は,障害型不稔発生と関係が深い出穂前24日以降30日間(以下,障害危険期と記す)の日最高最低平均気温の平均値が 20 ℃に達する日である。これは,穂ばらみ期耐冷性やや強の品種(例えば「きらら397」)で稔実歩合を 80%確保するのに必要な気温を得る初日となる。

図6 限界移植日(移植早限),限界出穂期(早限出穂期,晩限出穂期),出穂期および出穂猶予日数の間の関係[7-8,13]

晩限出穂期は,北海道では従来,登熟気温750 ℃が確保できる日としてきた[7]。しかし,北海道の南に位置し,北海道よりも水稲栽培期間の気温が高い東北地域では,晩限出穂期を登熟気温800 ℃以上が確保できる日としている[15]。近年,北海道でも登熟気温が高くなってきており,登熟気温を十分確保し米粒外観品質を向上させるため,晩限出穂期に必要な登熟気温を東北地域並の800 ℃に近づけて,北海道水稲優良品種地帯別作付指標を改定してきている[13]。そこで本報では,晩限出穂期は登熟気温800 ℃を確保できる日とした。

安全出穂期間は,両限界出穂期(早限出穂期と晩限出穂期)の間の期間である。さらに,次項(3)で推定を行った出穂期から晩限出穂期までの期間を出穂猶予日数とした。

(3)出穂期の推定は,1日当たり発育速度の積算値として,生育期を出芽時に 0,幼穂形成期に1,出穂期に2の値となる発育指数で表す方法により[16-17](表2),平均気温から出穂期を推定した。対象品種は,1990年代からの基幹品種で,2020年でも水稲うるち面積の 11%(10,205ha)で作付けされている中生品種の「きらら 397」とし,算出に用いる品種固有のパラメータは,「きらら 397」についての既報値[16]を用いた。なお,2019年の北海道うるち作付面積の大部分を,「きらら397」と同じ中生品種が占めている[13]。

表2 発育指数モデルの計算式(上段)および北海道中生品種「きらら397」における発育速度パラメータ(下段)[16]

計算開始日となる移植日は,2010年代気象および2030年代予測気象とも一律に,北海道の2010年代の平均である5月25日とした(表3)。苗の種類は現在の移植栽培の主体である中苗と成苗で,それぞれ2019年作付面積の29%,66%を占めている[13]。ただし,後述の項目「1.3 玄米収量および気候登熟量指数の推定」でのみ,中苗と成苗を平均して算出した。

表3 北海道,東北6地域および中部長野県における水稲栽培の作業季節と出穂期(月日)(2010—2019年平均)

この推定した出穂期から生育期別の気象データを得て,後述する項目1.3~1.5において,それぞれ玄米収量および気候登熟量示数,穂ばらみ期冷害危険期の不稔発生リスク,食味関連形質および米粒外観形質の推定に用いた。

(4)限界移植日,早限出穂期および晩限出穂期の算出には,従来,日最高最低平均気温を用いている。同気温はアメダス平均気温のような多数回測定値を総て平均した平均気温に比べ,7月をピークに高く5月半ばと9月半ばでほぼ同じで,それ以前と以降では低くなることが知られている。そこで,早限出穂期の算出にはアメダス平均気温に 0.5℃を加えた値を,限界移植日と晩限出穂期の算出にはアメダス平均気温をそのまま用いた。

1.3 玄米収量および気候登熟量指数の推定

以下の(1)~(3)の方法により 2010年代気象と 2030年代の予測気象における収量性を評価した。

(1)1999—2006年の北海道15地域のデータにおいて,玄米収量と登熟期の積算日射量の比は障害危険期の平均気温との間に二次回帰の関係があり(表4,図7),その二次回帰式より玄米収量を算出した。

図7 北海道における出穂前24日以降30日間の平均気温と玄米収量/出穂後40日間の積算日射量の比との間の関係

(2)日本全国でも多収である北海道を含む9地域での1994—2021年のデータにおいて,玄米収量と出穂前10日以降40日間の平均日射量の比は同期間の平均気温との間に二次回帰の関係[18](表 4,図 8)があり,その二次回帰式より,玄米収量を算出した。

図8 北海道を含む日本の多収9地域における出穂前10日以降40日間での平均気温と玄米収量/同期間の平均日射量の比との間の関係

表4 本試験で用いた玄米収量,食味関連形質および米粒外観品質と出穂前24~30日間の平均気温(xct),出穂前10日以降40日間の平均気温および平均日射量(それぞれxdt,xdr),出穂後40日間の日平均積算気温,平均気温および積算日射量(それぞれxft,xft2,xfr)との間の回帰式

(3)日本全国の水稲奨励品種決定試験成績データにおいて,気候登熟量示数と登熟期の積算日射量との比は,出穂後40日間の平均気温と二次回帰の関係があった[9](表4)。この二次回帰式は,供試データの中で同一の登熟期の平均気温に対して,気候登熟量示数と登熟期の積算日射量との比が最も高いデータのみに適合するように算出している。そのため,同式より得られる気候登熟量示数は,潜在的な収量性を示す。

1.4 穂ばらみ期冷害危険期の不稔発生リスクの推定

対象地域は,北海道の水稲栽培地域でも作柄が安定している中央部の3地域(旭川市,深川市,岩見沢市),およびやや不安定な地域である北部1地域(士別市),太平洋側東部1地域(厚真町),太平洋側西南部1地域(北斗市)の合計6地域である。出穂前 10~11日を中心とした前後1週間とされる穂ばらみ期冷害危険期は,前述の項目1.2 (3)における方法で発育指数を算出し,値が1.4~1.7となる期間とした[16]。

2030年代の日平均気温は,1971—2000年の30カ年の観測値から作製したアメダスメッシュと2030年代予測気象との気温差を求め,その気温差を対象地域の最寄りのアメダスポイントの1978—2000年の日平均気温に加算して得た。次に,その算出した2030年代(23カ年),2010年代の2010—2019年(10カ年),および参考として1978—2000年(23カ年)について,各年次の穂ばらみ期冷害危険期の平均気温を算出し,地域別にそれらの平均と頻度分布を得た。

1.5 食味関連形質および米粒外観品質の推定

食味関連形質のアミロース含有率および精米蛋白質含有率の推定は,1991—2006年の北海道12~15地域の試験データから得られた関係より,推定した。すなわち,アミロース含有率は登熟気温との一次回帰式で,精米蛋白質含有率は登熟気温との二次回帰式である(表4)。

米粒外観品質の推定には,前述の項目1.3 (1)の玄米収量の推定と同じ 1999—2006年の 6~8カ年で北海道 15地域のデータから得た次の関係を用いた。すなわち,玄米白度は登熟気温との一次回帰式である。また,精米白度,被害粒歩合および着色粒歩合は障害危険期の平均気温と登熟気温との重回帰式であり,未熟粒歩合は登熟気温との二次回帰式である(表4)

2 結果および考察

2.1 限界移植日,早限と晩限出穂期,出穂期および生育期別気象の変化

2030年代予測気象(以下,2030年代と記す)の限界移植日は,17地域平均(以下,同じ)で,中苗と成苗別にそれぞれ2010年代気象(以下,2010年代と記す)に比較したところ,2010年代の 5月 16,15日に比べ CCSRでは 8~10日,CGCM1では7~9日早い(表5)。

表5 2010年代気象および2030年代予測気象における水稲の中苗,成苗の限界移植日(水稲栽培17地域平均)

早限および晩限出穂期は,2010年代のそれぞれ7月19日,8月8日に比べCCSRでは早限が1日早く,晩限が1日遅く,安全出穂期間は2010年代の20日に比べ2日長い。また,CGCM1では早限と晩限が 2010年代に比べいずれも 5日それぞれ早いか遅く,安全出穂期間は10日長い(表6)。

出穂期は,中苗と成苗別にそれぞれ比較したところ(以下,同じ),2010年代の8月2日と7月29日に比べCCSRでは0~1日,CGCM1ではいずれも3日早い。その結果,出穂猶予日数は2010年代の5~9日に比べCCSRでは2日,CGCM1では9日長い(表6)。

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また,生育期別の気象において,平均気温は障害危険期(期間の平均)で,2010年代の21.1 ℃との差が CCSRでは-0.3 ℃とやや低く,CGCM1では0.0℃と同じである。また,出穂前10日以降40日間(期間の平均)および登熟期(期間の積算)では,2010年代のそれぞれ21.5 ℃,829~846 ℃との差が,CCSR では 0.0 ℃,+2~+6 ℃とほぼ同じで,CGCM1 では+0.7 ℃,+34~+40 ℃と高い。一方,日射量は出穂前 10日以降40日間(期間の平均)および登熟期(期間の積算)ともに,2010年代のそれぞれ15.2,579MJ/m2との比でCCSRでは95%~98%,CGCMでは96%~99%といずれもやや少ない(表7)。

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2.2 玄米収量および気候登熟量示数の変化

前述の項目 1.3の方法 (1)と方法(2)による2030年代の推定玄米収量は,2010年代のそれぞれ568,581 kg/10aとの比で,方法(1)ではCCSRが97%,CGCM1が99%,方法(2)ではそれぞれ95%,97%といずれもやや低い。同方法(3)の気候登熟量示数は,2010年代の723 kg/10aとの比でCCSRが98%,CGCM1が101%とほぼ同じである(表 8)。これら方法(1)~(3)の 2010年代比の平均では,CCSRが97%とやや低く,CGCM1が99%とほぼ同じである。

表8 2010年代および2030年代予測気象の生育期別気象から推定される玄米収量および気候登熟量示数(水稲栽培17地域平均) kg/10a

これは,障害危険期の平均気温は最も多収となる21.0 ℃(表4,図7)に比べ,2010年代と CGCM1はいずれも 21.1 ℃とほぼ同じでCCSRは 20.8 ℃とやや低い。また,出穂前 10日以降 40日間および登熟期の平均気温において,玄米収量および気候登熟量指数が最も高くなる 22.1,21.9 ℃(表 4,図 8)に比べ,2010年代は20.9(登熟気温829~846 ℃の平均気温,以下同じ)~21.5 ℃,CCSRは21.0(835~848)~21.5 ℃といずれも低く,CGCM1は21.9(869~880)~22.2 ℃と近似する。一方,日射量は2010年代の出穂前 10日以降 40日間の平均日射量15.2 MJ/m2との比でCCSR,CGCM1がそれぞれ95%,96%と低く,同様に2010年代の登熟期の積算日射量579 MJ/m2との比で98%,99%とわずかに低い。以上のことから,CCSRでは障害危険期の平均気温が低く,出穂前10日以降40日間および登熟期の日射量がやや少ないことが,低収量の要因である(表7)。

さらに,直近の北海道における玄米収量と出穂前10日から40日間の平均日射量および同期間の平均気温との間の関係を,日本でも多収である北海道(559 kg/10a,2010—2021年の平均値,以下同じ),東北6県(550~608 kg/10a)および最も多収である中部の長野県(613 kg/10a)の8地域のデータで検討した(表9)。北海道の玄米収量は,8地域の中で上から5位にあり,北海道の同期間の平均気温は 21.8 ℃で他の 7地域の 23.5~25.8 ℃に比べても玄米収量が最も高くなる22.1 ℃(表4,図8)に最も近かった。しかし,北海道の同期間の平均日射量16.2 MJ/m2は玄米収量2位の青森県16.3 MJ/m2とともに他の玄米収量上位3地域の16.8~17.6 MJ/m2よりも少なかった。また,供試8地域において同期間の平均日射量が多いほど玄米収量は高かった(r=0.725*,n=8)。以上のことから,北海道では日本の他の多収地域に比べて,概して同期間の平均日射量が少ないことが玄米収量の制限要因となっていると考えられる。

表9 北海道を含む日本全国の多収8地域における玄米収量および出穂前10日以降40日間での平均気温と日射量(2010—2021年平均)

2.3 穂ばらみ期冷害危険期の不稔発生リスクの変化

2030年代の冷害危険期の平均気温は,6地域平均で中苗と成苗別にそれぞれ比較したところ,2010年代の中苗と成苗での 21.6,21.1 ℃との差がCCSRでは-0.3~0 ℃とわずかに低く,CGCM1では 0~+0.1 ℃とほぼ同じである(表10)。これらの値は6地域での7月平均の2010年代から 2030年代への上昇気温である CCSR 0.2 ℃,CGCM1の0.8 ℃よりも低い。この理由は,5-7月の気温上昇により水稲の生育が早まり,冷害危険期の暦日が2010年代よりも早い時期,すなわちより低温の時期へ移るためであると考えられる。

2010年代では,冷害危険期の平均気温が19 ℃や18.5 ℃の不稔発生の危険性が高い年次は中苗ではなく,出穂がより早い成苗で北部,中央部1地域,太平洋側東部の計3地域で認められた。2030年代ではそれら危険性が高い年次は中苗と成苗にかかわらずほぼ全域で見られるが,とくに北部,太平洋側東部および太平洋側西南部で,その中でも太平洋側東部および太平洋側西南部で同年次の比率がやや高い。(表10)。

表10 1978—2000年と2010年代気象(2010—2019年平均)および2030年代予測気象(CCSRとCGCM1)における穂ばらみ期冷害危険期の平均気温および不稔発生の危険性が高い同冷害危険期の平均気温19 ℃以下と18.5 ℃以下の年次の比率

これら太平洋西部および太平洋側西南部地域は,春から夏に吹く冷たく湿った偏東風である「やませ」の流入により,7月の気温変動が大きい地域である。これら地域でも,2010年代では比較的安定した気象となっているが,本試験で 2030年代の平均気温の変動の算出に用いた 1978—2000年のような気象変動が生じた場合には,その不稔発生への影響は2030年代でも小さくないと思われる。いずれにしても,不稔発生の懸念がある気温に遭遇する可能性は検討対象とした全6地域で認められ,障害型冷害発生リスクは2030年代でも残ると考えられる。

2.4 食味および米粒外観品質の変化

精米蛋白質含有率は 2030年代では中苗と成苗のいずれも,2010年代の7.4%(17地域平均,以下同じ)と同じである。アミロース含有率は,中苗と成苗別にそれぞれ比較したところ(以下,同じ),2010年代の20.4%,20.2%との差が,CCSRでは-0.1~0ポイントとほぼ同じであるが,CGCM1では-0.5ポイントと低い(表11)。

表11 2010年代気象および2030年代予測気象の出穂後40日間日平均積算気温から推定されるアミロース含有率と精米蛋白質含有率(水稲栽培17地域平均) %

玄米白度は2010年代の18.8,19.1との差が,CCSRでは0~+0.1とほぼ同じで,CGCM1では+0.5~+0.6と高い。精米白度は2010年代の37.7,37.8との差が,CCSRでは-0.1とほぼ同じで,CGCM1では+0.3とわずかに高い(表12)。

表12 2010年代気象および2030年代予測気象における生育期別気象から推定される玄米白度と精米白度(水稲栽培17地域平均)

未熟粒歩合は2010年代の11.1%,11.9%との差が,CCSRでは0~+0.2ポイントとほぼ同じで,CGCM1では+2.9~+3.4ポイントと高い(表13)。なお,この増加する未熟粒は,登熟気温の上昇により発生する白未熟粒である。被害粒歩合では2010年代の3.6,4.5%との差が,CCSRでは+1.1~+1.3ポイント,CGCM1では-1.2~-0.8ポイントと一定の傾向がない。着色粒歩合も 2010年代の 0.11,0.12%との差が,CCSRでは+0.02~+0.03ポイント,CGCM1では-0.05~-0.04ポイントと一定の傾向がない。

表13 2010年代気象および2030年代予測気象における生育期別気象から推定される玄米外観品質(水稲栽培17地域平均 %

以上のことから,2030年代は2010年代に比べ精米蛋白質含有率は同じで,アミロース含有率がやや低く,やや良食味である。被害粒と着色粒の発生には一定の傾向が見られないが,未熟粒がやや多くなる。また,玄米白度がやや高く,精米白度は同じである。

近年,西南暖地を中心に白未熟粒の多発による品質低下が問題となっている。これまでの報告[19-20]から,出穂後20日間の平均気温が26~27 ℃をこえると,検査等級が低下するまで同発生率が高くなる。しかし,本試験の2030年代の予測気象の中で登熟気温がより高くなるCGCM1(表 7)では,出穂後 20日間の平均気温は,北海道中央部の深川市で23.5 ℃,旭川市で22.5 ℃であり,北海道南部の江差町で23.3 ℃,北斗市で 23.0 ℃であり,いずれも 26℃よりもかなり低い。以上のことから,2030年代の平均的な気象条件において,白未熟粒の発生による検査等級の低下が生じる危険性は低いと考えられる。ただし,北海道品種は冷涼な北海道の気象条件下で選抜育成されており,東北以南の品種に比べ低い気温域で白未熟粒を多く発生させる可能性があるので,注意が必要である。

2.5 いもち病の発生

2030年代には6,7月において,平均気温が2010年代のそれぞれ16.1,20.6 ℃に比べCCSR,CGCM1ではそれぞれ+0.2~+0.3 ℃,+0.9 ℃上昇し,降水量が2010年代のそれぞれ86,122 mmに比べ1.21,1.54倍,1.20,1.38倍と増加する。いもち病の発生適温は20~25 ℃とされ,降水によるいもち病菌の発芽 ・侵入に必要な水滴の供給がその発生を助長する[21]。そのため,いもち病の初発が早まり,いもち病の発生増加は避けられないと思われる。

3 2030年代の予測に基づく技術的対応方向

3.1 耐冷性

2030年代では 2010年代に比べ限界移植日と早限出穂期が早く晩限出穂期が遅いため,水稲の安全出穂期間が長く,遅延型冷害の危険性はやや低い。一方,春季の気温上昇のため水稲の生育が促進されることは,同一熟期の品種でみると生育期の前進により,冷害危険期の平均気温は同じかやや低いため,障害不稔発生の危険性は残る。以上のことから,今後も育成品種の障害型耐冷性向上や深水灌漑などの冷害対策技術の重要性は変わらないと考えられる。また,生育の前進により出穂期が早限出穂期よりも早くならないように,品種の早晩性,苗の種類および移植時期を適切に組み合わせる必要がある。

3.2 玄米収量と作付け品種の熟期

玄米収量は,出穂前10日から登熟期にかけての日射量と障害危険期の平均気温が制限要因となり,2010年代並かやや低下すると予測された。一方,実際に一定収量を得るためには,出穂期までの栄養成長期に必要なm2当たり籾数を確保しなければならない。そのためには,移植から出穂までの期間が長いほうが有利である。そこで,2030年代までの期間も含めて,現行の栽培品種については作付けの地帯区分を気候変化に合わせて見直すとともに,生育期間が大きく延長する地帯については,一定の収量を安定して得られる出穂期を見出し,その熟期を備えた品種を育成する必要がある。

例えば,前述のように,北海道の水稲栽培地域の2030年代の水稲栽培期間の平均気温(5月-9月の日平均積算気温)は,青森県太平洋側に相当する(表1)。移植から出穂期までの期間は2010—2019年平均で,北海道が5月25日-7月30日,青森県が5月20日-8月4日であり,青森県は移植期が5日早く,出穂期が5日遅い(表 3)。登熟期間に大きな差異がないとすれば,生育期間は青森県が10日長い。さらに,青森県では出穂前10日以降40日間の日射量が北海道と同等であるが,玄米収量は北海道比109%と多収であった(表 9)。今後,青森県の多収要因を参考にして,北海道の2030年代で必要な多収技術を明らかにする必要がある。

3.3 食味および米粒外観品質

これまで北海道の水稲育種ではアミロース含有率と精米蛋白質含有率の低下を目標において行い,主にアミロース含有率を低下させることにより良食味化を成し遂げ[22],精米蛋白質含有率の低下程度は大きくはなかった。一般に,出穂が遅い品種ほど登熟気温が低下しアミロース含有率は高くなるが,精米蛋白質含有率は低下することが認められている[4]。また,アミロース含有率を育種により低下させることは比較的容易である。以上のことから,2030年代では現在よりも長い生育期間を有効に活用し,現在の主要な中生品種よりも熟期が遅くアミロース含有率が低い品種を作付けすることにより,さらに 低蛋白化による食味向上を図れる可能性がある。

米粒外観品質では,玄米白度がやや向上するが,白未熟粒の発生がやや増えると予測された。とくに,登熟期の高温の影響による発生だけでなく,生育初期の気温上昇により分げつ発生が促進され,m2当たり籾数が過剰になることで1籾当たりの登熟期の光合成量が不足し,白未熟粒が多発生する危険性が高まる。そのため,施肥量を適正にするとともに,過剰分げつが発生した場合には深水による分げつ抑制を行う[23]

現在の北海道では,粒厚選別機の篩目幅を概ね1.95 mmと広くして,登熟未了の粒を屑米として除外することにより,精玄米の外観品質を高めている[24]。今後,温暖化により初期生育が良くなり穂揃い性が高まり,登熟気温が高くなれば,従来の未熟粒が十分に登熟でき整粒となることができる。その場合,篩目幅を狭くしても高い外観品質が確保できるので,収穫した粗玄米にあわせた篩目幅の適切な調節が必要となる。

3.4 苗種および施肥対応

これまで北海道では生育期間が限定され,安定生産と良食味米生産のため初期生育を促進することが重要とされた。そのため,基準の栽植密度を遵守し,苗では稚苗,中苗より成苗と葉令が進み,施肥法では側条施肥など初期生育を促進する方法が奨励されている。しかし,栽植密度を高く維持することおよび葉令の進んだ苗を使用することは,育苗箱の必要な枚数は増え,後者はさらに育苗期間が長くなることから,育苗の労力とコストが生産者にとり大きい負担となる。また,春季の気温上昇により,葉令が進んだ苗では育苗ハウスでの高温により早期異常出穂を起こす危険性が高まる[25]。

一方,東北地域でも緯度が高く比較的気象が冷涼な青森県,次いで秋田県では,その他の地域と異なり稚苗よりも中苗と成苗が多い[26]。そのため,2030年代の北海道でも初期生育の重要性は変わらないと思われるが,安定生産を損なわない範囲で,葉令が小さな苗種の活用を図ることが必要と思われる。

現在の北海道ではほとんどが基肥のみの施肥による。しかし,生育期間が長い条件では,初期生育の促進により栄養成長期の途中まで肥料成分の大半を吸収してしまい,肥料切れを生じる可能性が高まることから,分施や緩効性肥料の利用場面が増えると推察される。

3.5 いもち耐病性の強化

いもち病の発生増加に対する防除法については,東北地域,その中でも前述したように5—9月の積算気温からみれば青森県で行われている対策を実施すれば対応可能と思われる。しかし,いもち病の発生には日射量や降水量も影響することから,それらの違いによりいもち病発生がどう変わるか留意が必要である。一方,近年は農薬散布量を少なくすることが社会から求められていることから,それに対応した防除法も合わせて検討するとともに,従来よりもいもち耐病性が強い品種を育成し普及させる必要がある。

3.6 その他

将来的に融雪の促進により5月の河川流量が減少することが予測されており[27],地域によっては,灌漑用水確保の面で制約が生じる可能性を見込んでおく必要がある。

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